内閣改造その社説
福田海造内閣の陣容をみると、少なくとも経済政策については、首相の意図がはっきりした。「小さな政府」路線からの決別である。改革放棄・ばらまき復活ならば、日本売りが加速する。
二〇〇一年四月に誕生した小泉政権以来、政府与党内で続いてきた政策論議の対立軸は「大きな政府」か「小さな政府」か、という路線選択であった。自民党政権は激しい党内論争を売り返しながらも、小泉、阿部と二代、七年間にわたって「小さな政府」路線を推し進めてきたが、今回、福田政権は「大きな政府」路線へと大胆に家事を切り替えたといえる。大きな政府を目指す人々は四方を生かす民よりも、規制や所得再配分を担う間の役割を重視する。必然的に政府の規模は大きくなり、歳出削減より拡大する財政需要を補うために増税を志向する。消費税を引上げを訴えてきた与謝野肇経済相や谷垣禎一国交相は言うに及ばず、折々の発言を見れば麻生太郎幹事長、伊吹文明財務相、町村信孝官房長官らは政府の役割を重視してきた。かつての郵政造反組の野田聖子氏も消費者行政担当相として入閣した。その一方、公務員改革制度を推進してきた渡辺喜美前金融相兼行革相や太田弘子前経済相ら小さな政府派の閣僚は退任した。少子高齢化が進む中、確かに高齢者医療をはじめ司会保障政策などで見直しが必要な部分がある。だが、最近の居酒屋タクシー問題などを持ち出すまでもなく、政府部門には、なお多くの無駄や非効率が残っている。無駄や非効率はなくさなければならないが、既得権益に固執する霞が関官僚は抵抗する。福田政権は新しい陣容で、同改革を進めようとするのか、大きな懸念がある。それとも、いっそう改革路線かろも決別するのであろうか。すでに燃料費増加分の九割を国が補てんする漁業対策など、ばらまき財政復活を思わせる政策も出てきた。政府与党内には、骨太の方針2006が掲げた歳出削減計画自体を見直す湯求める声もある。年末の予算編成に向けて、そうした声は一層高まるに違いない。金融不安や原油高などの経済環境が厳しい中、福田政権は時代の歯車を逆転しようとするのかどうか。予算編成が試金石になる。(中日新聞 社説 8月3日付)
このように自民党の政策は場当たり的な政策の積み重ねであり平時において、それなりに、つじつま合わせができるが、過渡期の政治としては不向きである。政治にはそれなりの一貫性が求められる。時の派閥の親分や族議員の力の強弱によって政策が大きく変化する。ただ一貫しているのは企業に対する過保護な政策だけは一貫している。経団連などの要望をそのまま受け入れてきたからであり、戦後の経済復興政策がそのまま引き継がれてきたからである。どの政党においても党内論争は存在する。今回の組閣にあたって党内論争はなかったようである。福田首相の独断で決定されたものであろう。ただ言えることは財政が悪化してどのように立て直すかが問われ続けていることは変わりはない。多くの先進国においても小さな政府政策をとってきている。それでもしばらくすれば財政は必然的に膨らんでくる。今わが政府が取ろうとしている経済優先、大きな政府は国際社会にあって異端児的な政策であることは間違いない。どこから財源を持ってくるのかが理解できない部分である。今日において、原油高、物価高騰、など社会的環境は増税に適さない。増税をやれば必ず国内経済に大きな打撃を与える。これを承知で行うの出れば政治は国民のほうを向いた政治でなくなる。例に挙げた社説だけではなく多くの人が今回の布陣について疑問を投げ抱えている。ばらまきを始めれば日本売りが促進されるとの見方が大勢を占めている。埋蔵金の放出とともに官僚構造の改革に着手し少しでも金がかからない政府を作り上げるべきである。政治的に一つの業界を浮揚させることで国内経済の活性化を図れる時代は終わっている。複合的政策でもって経済の活性化を図らねばならない時代である。アメリカ大統領が風邪を引けば金融市場は大きく動く時代はすでに終わっている。いつまでも過去の遺産で生活できる時代ではない。このことは政治にとどまることはない。民間企業は大昔からそのようなことは当たり前のこととして受け止めている。トヨタと同じレベルで語ることはできないが、国民生活向上のために常に行政システムの改善を行い、少しでも多くの事業をこなせる行政にと生まれ変わるべきである。ただ単に増税を行えばよしとする時代は終わりをつげ国会議員はじめ議員諸君、官僚諸君に財政の使い方が問われている時代である。改善と使い方がすべての国民にとって有効でなければならない。偏った人が幸福になる時代は終わりを告げている。
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