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2008年9月 6日 (土)

指導者の育成が世界に通じる選手を育てる。

名選手が名指導者になり得るのであろうか。我が国では往々にして名選手が指導者の座を射止める事が多い。名選手は、天才的なところがあり苦労しなくても身についているものがある。平凡な選手の指導をこれではできないのではないか。おそらく出来ないことの方が信じられないのであろう。オリンピック終了後委員会は一つの反省を掲げた。委員会が選手の状況を把握できなかったという点である。また、政府の資金問題にも言及した。2/3の補助ではなく全額補助を要求している。文部科学省はナショナルコーチの創設を掲げオリンピック選手の銅に当たらせるとのことである。ナショナルコーチは世界に一の耕地を指すのか否かは明らかではない。もう一点先に掲げた名選手が指導者に向いているか否かの判断をしていない。指導者の育成から行う必要があるのではないか。なれ合い的な指導者体制を止め指導者として適任であるか否かの基準づくりと指導者の育成をもう一方の柱とすべきであろう。我が国でも名選手でなくとも立派な指導者は沢山いる。指導者としての能力開発が遅れているために国際試合での成績も上がらないのであろう。無名選手の中から素質のある選手を見つけそれを育てる能力を持った指導者がわが国には必要である。場違いな指導者が素質ある選手の選手生命を縮めてこなかったか、など指導者について検証すべきである。如何に輝かしい戦歴の持ち主でも指導者になるいはそれなりの道を経て指導者になりダメな指導者は外されていかねばならない。選手個人の能力や素質に頼った指導ではせいぜいひとけたの金メダルが精一杯のところであろう。世界のトップは紙一重の争いを行っている。素質だけでは勝ち抜けない世界である。いかに指導者が素質ある選手を紙一重で世界一にできるかが問われなければならない。単に指導者一人の問題え。選手を支える一つのチームとして作り上げていく体制が必要である。一つの形としてサーカーの指導者のシステムがある。それが良いか悪いかは私がりかいするところではない。しかし、良き指導者の発掘の方として存在することは確かである。なれ合い的な指導者の選出はいかがなものであろう。

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