チェック機能を持たない愉悦感を持った官僚が今のあしき体質を作った。
行政府は誰がチェックするのと言う話は誰でもする。経理関係は会計検査院である。これも理解できる。なぜ多くの不正経理がそのまま放置されるか、結果として多くの不正が存在している。それが無駄として表面化している。問題は明らかで会計検査委員の権限強化、人員の増員などなどを放置してきたからである。結果として行政府は無政府状態にある。今でもお上意識、選ばれし者のと述べる若き官僚すら存在して居る。今だに勘違いしたまま行政で仕事をしてもららってはならない。官僚のトップである事務次官の部下に対する教育は如何になっているのであろう。これを言うと、何万にもの部下がいてすべてに目が届かないと、答える官僚がいたならばそれはすでにその省庁は崩壊している。評論家の三宅が官僚は公僕であると述べている。いつしかお上意識が備わったとも述べている。ここに官僚教育の甘さが見られる。どのように時代が変わろうともお上意識は排除すべきでありエリートと考える官僚は排除すべきである。彼らは口はうまいが脳みそはないのではと感じることさえある。確かに知識は豊富なのであろう。また、IQも高いのであろう。それが社会の役に立たねばまったく無意味である。自己保身だけに使うのであれば必要ない存在である。安部元首相は教育に関して規範意識を盛んに述べたが行政府に対しては一言も述べて居ないここに問題が存在しているのにも関わらずである。一般社会から隔離されているのではないか彼らこそ一番に国民生活を肌で感じなければならない存在である。感性のないロボットであったり保身に走るものは必要ない。官僚は職を失わないと考えて居る者もいるようである。憲法をよく読んでもらうと理解できるはずである。官僚も職責を失う事はありうるのである。公僕として不適格な人間は排除すべきである。特に選ばれし者であると述べるような輩は官僚に不向きである。そこに公僕と言う概念は存在しない。選ばれし者の中にはチェックと言う概念も存在しない。好き勝手に税金を使うことが当然であると考えて居るようである。かなり昔に税金は官僚や国会議員のものであると述べたものがいる。全て国民のものである。それで国家が成り立っている以上国民の許可なくしては使用できない。今までの概念で勝手に使いそのつけを国民に回すことを行ってきた諸君の責任は重い。退官した官僚はじめ辞任した与党国会議員で今までの債務を背負うべきである。これが国民の偽らざる感想であり思いである。財政はすべて国民のためにのみ使うのは当然である。
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